青春時代
「M君、行こっ。」
徳子が祭りの場所へ向かおうと
言った。
彼女の身体全体から香る、石鹸の
何とも言えない匂いに俺は完全に
舞い上がっていた。
学校とは全く違う彼女に俺は
ドキドキしていたのだ。
そして彼女の言われるがまま
付いて行った。
彼女がこの団地で育った色々な
思い出話をしてくれたようだが
俺の耳には全く入ってこなかった。
教室ではとても静かな徳子が
こんなにも饒舌なのは意外であった。
本当の彼女の顔を垣間見た気がした。
ただ、話の内容は覚えてはいないが
彼女の声が凄く心地よかったのだけ
は覚えている。
浴衣姿の徳子と一緒に歩いている
だけで幸せだった。なんせ女と
並んで歩くなんて初めてだった上に
彼女は浴衣姿だったのだから。
2人並んで歩いていると、段々と
賑やかな音や人のざわめきが
聞こえてきた。
突然視野が開かれ、俺の目の前に
櫓(やぐら)が現れた。
櫓には太鼓が置かれ法被(はっぴ)姿
のおじさんがリズムに乗り懸命に
太鼓を叩いていた。
その櫓の周りを大勢の大人達が
ゆっくりと廻りながら踊っていた。
盆踊りというやつだ。
更に、その周りには出店(でみせ)
が大きな円を描くように並んでいた。
それぞれの店には子供達が群がり
賑やかな歓声を上げている。
喧噪と様々な食べ物の匂いが
俺を更に高揚させた。
「今、俺は徳子と祭りに来て
いるんだ。」
そんな思いでいっぱいだった。
今こうして徳子との思い出を書いて
いるが、あの時の祭りの情景は俺の
思い出の中に鮮明に残っている。
この年になると美しい思い出など
人に語れる物など無いが、この頃の
思い出は美しい思い出として俺は
語る事が出来る。
何故なんだろう。
多分それは、あの頃の俺はまだ
世の中に毒されていないピュアな
俺だったからだと思う。
彼女と一緒に祭りを見ているだけで
幸せで、それ以上なんの打算も
無い気持ちでその場に立っていた
からだ。
「打算」
俺は大人につれ、この打算が常に
付きまとうようになる。
女といる時、その女の中心部を
何とか俺の分身で貫ぬきたい。
そんな打算が何時も頭の中を支配
するようになる。
それは女を恋愛対象の先に快楽を
得る事の出来るメスとして見る
ようになってしまったからだ。
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