青春時代
「M君、これ読んで。」
ひとみは小さな手紙を俺に手渡し
それだけ言うと、そのまま教室
から出て帰ってしまった。
この頃我が家に電話というものがきた。
電話は当時物凄く高価な代物であった。
まず、電話の権利のような物を10万
も出して購入しなければならない。
昭和30年代の10万だ。
サラリーマンの初任給よりも高かった。
これは長く続いた電話会社のボッタクリ
であった。
我が家に来た電話は、黒光りして
正面にいくつかの数字が書かれていた。
しかし高いだけあり、ダイヤルを
回すと相手と繋がり、会話が出来る
優れものだった。
俺にとってTVに次ぐ、異次元の物体
に感じた。
今の時代の子達にそんな事を言うと
笑われるだろうが・・・。
TVが来た時も、どのようにすれば
こんな画面に遠く離れた人達の映像
が映るのだろう?
そんな不思議な気持ちでTVの裏を
見たりしたものだ。
電話の構造は小学生の頃、糸電話で
教わり、何となく理解したつもりで
あったがやはり本物がくると
「凄いや!」
そんな感動があった。
今のように簡単にそれも安価に誰とも
通話できる時代では無かったが
電話というツールがこの時代普及して
きた事で、その先俺の恋愛道にも
大きな変化が訪れる事になる。
ひとみが渡してくれた手紙もそうだが
女がくれる手紙とはどうしてこうも
胸をときめかせてくれるのだろう。
不思議だ。
女独特の丸文字が俺の目に飛び込んで
くる瞬間に胸の中に甘い香りが広がる。
今の言葉で言うと「胸キュン」とでも
表現するのだろう。
手紙を開けると、そこにはこんな事が
書かれていた。
「M君。私はM君をずっと見てきました。
M君の事が好きでした。」
「もうすぐ卒業で離ればなれになるけど
頑張ってください。」
俺はその手紙を読んで驚いた。
なんせ、話したことも無い女だ。
それが俺をずっと好きだったなんて
女は面白い。自分が好きになった相手
でも中々自分からその事を言わない。
胸の中に秘めている事で自分を
納得させる。
そして自分自身が結ばれないで
あろう恋に恋をして悲しむ。
女は自分をヒロインにするのが好き
なのだ。
相手に思いを伝えなければ自分の
気持など相手には分からない。
しかし、それでも女はそれでよし
としたりするのだ。
何故なら女とは自分が傷つく事に
極端に怯える生き物だからだ。
なので、「告白して、もしフラれたら
どうしよう。」そんなマイナス面を
先に考える。
なので、好きな男が出来てもその男
の方から自分に告白して欲しいと
神頼みしたりする独特の感性を持つ。
この時のひとみのように、もうこの先
会う事が無いかも知れないタイミングで
告白してきたりするのだ。
もしフラれてもこの先会う事が無いので
恥ずかしい思いをしなくていいからだ。
もっと早く言ってくれればと思う時が
ある。それが自分のとてもタイプ
ならだ。
そこは男のいやらしさで、例え彼女が
いても、告白は大歓迎なのである。
そして手紙の締めくくりにこんな
事が書かれていた。
「私の電話番号」と書いて、彼女の
家の電話番号が書かれていた。
物凄く意味深な締めくくりであった。
そして初めて女に電話をするのが
このひとみであった。
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