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青春時代

「旅行に行かない?」

彼女のその一言は学生の俺を
ミニ・パニックに陥れた。

当然だ。当時俺は20歳。一回り
も違う女性から誘われたのだから。

美佳さんとの旅行。前日はマジで
ドキドキして眠れなかった。

その日がやって来た、俺は自分の家が
あるエリアの駅前で彼女を待っていた。

赤いセリカが見えた。
美佳さんだった。

フロントガラスから見える彼女は
サングラスをかけていた。

かっこいい。まるでモデルのようだ。
大人の女が至極かっこよく思えた。

彼女は本当に綺麗な女性だった。

ただ、彼女の事は詮索しない約束
だったので、最後まで何もかもが謎
だった。

彼女が俺の横に車を停めてくれ
扉を開け助手席に乗り込む。

「おはよう。」

彼女にそう言われ「うん、おはよう。」
と返す。

車の中は彼女が付けるコロンの凄く
心地良い香りが流れていた。

 「今日は楽しみね。」

彼女はそう言って車をスタートさせた。

彼女が聞くカセットの音楽が俺の緊張
をほぐしてくれた。

それは八神純子や庄野真代などの
俺の好きなシンガーだったからだ。

「美佳さんも好きなんですか!」

そう言うと「M君も?」

そう聞かれ、俺は彼女達の大ファンだと
言った。そして高校ではバンドを組んで
いてボーカルだった事も話すと喜んで
くれた。

俺は彼女との会話は敬語とタメ口が
入り混じったような言葉だった。

やはり相手が大人の女性であったので
少し気を使っていたし、彼女には
何か完全にタメ口ではいけないような
そんな雰囲気を感じていた。

それからしばらくは歌の話題で盛り
あがった。

当時八神純子などのシンガーは歌謡曲と
一線を引くニューミュージックと呼ばれ
大ブームを引き起こしていた。

男女関係には共通の話題があれば盛り
あがる。これはリンさんから学んだ。

リンさんは色々な事をよく知っていて
引き出しが多かった。

俺はまだまだ甘ちゃんで、音楽だけは
幅広く知っているぐらいだった。

そんな音楽好きがこの時、活かされた。

車内でカセットを聞いているとドライブ
が各段に楽しくなる。

音楽に合わせ、窓の外の景色が流れて
行く。俺も車が欲しくなった。

貧乏学生の身では夢だったが。

海が近づいて来た。

和歌山の深日(ふけ)や加太には
子供の頃よく釣りに行った。

関西では有名な釣りスポットだ。

小学生の時、クラスの仲良しが投げ釣り
が得意で、俺は彼に誘われ一緒によく
釣りに行った。

ところが、あれだけ釣りが大好きだった
のに、今では魚が全く触れない。あの
ヌルヌル感がてんで駄目だ。

不思議だ。

子供の時は浮きが引くのをじっと眺め
今か今かと待っていたのに、今は
じっと糸が引くまで海を眺めている
など退屈極まり無く我慢出来ない。

何故だろう?

大人になると嗜好が変わるのだろうか?

2時間程走ったろうか港の近くの駐車場
に車を停め、フェリー乗り場に向かう。

こうして書いていてふと思い返した
のだが、女とフェリーに乗るなんて
なんてロマンチックなんだろうと。

クルージングはドライブには無い
全く別の感覚だ。

船内に入らず、2人はデッキで海風を
浴びながら流れゆく景色を楽しんだ。

天気は快晴で気持ちが良かった。
美しい女性と波風を受ける。最高の気分
だった。

フェリーは洲本港に着き、皆が下船を
始める。

約1時間があっという間だった。
美佳さんがタクシーを見つけ乗り場に
向かう。

「M君、お花畑見に行こう。」

そう言って運転手に行き先を告げた。
何の花だったかもう覚えていないが
到着した花畑は素晴らしく綺麗だった。

美佳さんが感嘆の声をあげる。

俺も目の前に広がるパノラマに圧倒され
しばし見入った。見渡す限り花と緑の
大自然だった。

「M君、散歩しよ。」

そう言われ2人で歩き出す。
その時俺は勇気を出して彼女の手
を握った。

美佳さんは少し驚いたが、微笑んで
そのまま手を繋いで2人で歩いた。

1時間程散歩して戻ると先ほどのタクシー
が待っていた。どうやら彼女が時間貸しを
交渉したようだ。

さすがだった。

それから俺達はホテルに行った。

名前は忘れたが白い大きな作りのホテルで
ロビーも広く部屋からは海が見えた。

彼女が俺に待つように言い
チェックインして、戻ってきた。

鍵は一つだけだった。

部屋に入るとオーシャンビューの素敵
な部屋だった。

「わぁ~素敵。」

美佳さんがベランダに向かって歩く。

しかし、このあたりから俺は景色
どころではなく、ドキドキし始めた。

それは部屋のベッドが目に入った
からだ。


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